指揮者はたしかに奏者を責め戒め間違いを指摘する。しかし良い指揮者は「フラット (♭) だ。シャープ (♯) している」を連発などしない。私は大学四年間オーケストラ部でティンパニーをたたいた。その先輩指揮者は情熱家だった。しかり方は尋常ではなかった。美しい音色に花を添える体験もさせてもらった。彼は音楽を愛し二、三年留年されていた

▼間違いを指摘するだけは律法主義だ。法則、戒律は罪を自覚させる。互いに責め合ったり、また、弁明しあったりする。奏でられる人生の楽しいメロディーはない

▼良い牧者は、間違いを指摘しただけで講壇を降りない。音を楽しむと書く音楽は、奏でようと四苦八苦する訓練のおかげでメロディーを楽しむより指揮者の顔色をうかがうようになる。挫折感にさいなまれ罪意識の重荷を背に負わされる

▼先輩であるこの指揮者が、私が二五歳で一人開拓伝道をしているところに来て私の話に耳を傾け、三ヶ月後イエスを信じられた。一ヶ月後、琵琶湖で私は初めて洗礼をさずけた九名のうちのひとりが大先輩のその指揮者だった。一年後、彼は後輩ですでに信仰をもっていたピアノソリストと人生の甘いハーモニーを奏でられた。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生
聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。