真っ赤な焼けたモミジの木を見て師走を思った。人生の師走が百歳時代到来がかしましい。「願わくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」(西行)の桜花の満開に死にたいではなく、七度人間に生まれかわって事をなしたい(楠木正成)は聖書的だ

▼「外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされている」としたパウロの言動を抱きつつも、人は草のようで、その栄は、みな草の花のようだ。草はしおれ花は散ると言ったイザヤのことばは厳然とある

▼働いて 働いてと五回も自分を鼓舞した人は60歳代、42歳の健康な若者がからだに衰えを感じると嘆いて笑った。彼の「もみじ」は師走の花になったようだ。彼の人生はこれから始まるようなもの。今までの40年は人生の小学時代でこれから若芽が目を出すところで、刈りとる収穫祭まであと40年は裕にある

▼人はなすべきことが山ほどある。読むべき書物は海の水ほどある。学んで学んで生きて生きて、年をとるほどにますます若くなる秘訣を知ったパウロは、畑に隠されていた宝を見つけるために、人生のすべてをかけてその畑を買った。私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通したと言った。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生
聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。