二千二十六年明けてはや三か月。新しい政治体制が日本をどのように導いていくのか一国民としてまた日本人として目が離せない。権威と権力の二重構造の日本がいかほどの恩恵の中、祝福と安寧を勝ち得てきたか、たとえ自然災害、国内、また国外からの山積する諸問題があるにしろ、灯台下暗し感がある

▼アメリカならば大統領が権威と権力を同時に抱く国体である。その権力者がだれに対して何に向かって頭を下げ跪くのであろうか。独裁者がまた大統領自身が権威と権力を持っているからだ

▼私個人としては高市首相が任命されるために天皇の前で首(こうべ)を垂れて押し戴く姿に権力者の「畏れ多く」を感じ、その任務に慎みをもって履行する姿を思い浮かべる

▼アメリカは聖書に手を置き宣誓するが、その聖書の権威と神の前の恐れを具体的に生きたお方として具現しているかといえば一億の日本人が抱いている天皇へのそれとは比較対象にもならない。これは日本人でなくてははかり知ることもできない不思議な天的徳性であることを信長、秀吉、家康等の権力者に見る。継続こそ力なり、二千数百年の歴代誌は日本人の底力なり。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生
聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。