生まれて初めてのことをするにはいくらかの勇気がいる。それが何であっても。山の中腹六百メートルからインストラクターが後ろで操縦してくれるからと言っても、崖の端まで走って飛び降りるスカイダイビングをやったような勇気は必要ではないが、豚ミンチ、皮、ニラ、をスーパーで買ってきてキャベツをみじん切りにして丸々最初から餃子を作った。

▼家内がこの一年体調を崩して料理できない状態になっている。結婚して四〇数年の間、料理などしたことがない者には、ほとんど初めて立つ台所だ。みそ汁は何とか作れるが炒め物、てんぷら、どんぶりもの、魚を焼くetcは、食べる人であって作る人でない者のハードルは高い。

▼毎日の日常となると、その人のなすべきことに支障が出るが、その手の試練は、その人その人にとって人生が大きく変わることになる。大なり小なりこの種のトンネルをくぐるのが世の常たることとして、耐えるなら、新事によって身につくのは練達である。練達は希望を生む。

▼一日に少なくとも三人の人としゃべりなさい。さもなくば認知症のリスクを負うと聞いた。新しいことをひとつもしないのは、やはりボケの原因となる気がする秋の夕暮れ。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生
聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。