大阪大空襲は1945年3月13日深夜から翌日未明、大阪市中心部が火の海となり、約13万6千戸の家屋が被災した。犠牲者は行方不明者を含め1万5千人以上、122万人もの人々が家を失った。私はそのとき五歳、母の背で恐ろしさのあまり「防空壕へにげよう!」叫んだのを覚えている。幸い一家は近くの公園に逃げたために助かったが、防空壕に逃げた人たちの多くが蒸し焼きになったと母は後日語った。その後の一家五人は、生きていく道をつくらねばならなかった。借家住まいで台所もなく食べるものもなく、生きのびたのは荒野に道を作り歩いた父母の勤力というほかない。
▼「わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける」とイザヤ書にある。イエスはご自身を「わたしは道である」と言われた。道を理解するために荒野を知らなければその価値、意義、真意はわからない。砂漠を歩いた人だけが道の尊さを知る。救いはその道を見出すところから始まる。
▼私は還暦まで道ばかりの都市で過ごし、田舎に引っ越した。今、自宅の周りは荒野である。イノシシとマムシが歩む所にいる。「道」は宣う。道がなければ歩けない、と。納得。
著者紹介
- 聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。
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